Invisible power






       「はあ〜あ。」



       もう、イヤになる
       溜息しか出ない


       「これで、あそことここの会社もだめだぁ―。」


       大学3年の後半からずっと、就職活動をしている私
       …4年の5月になった今も、一つも内定が出ない

       エントリーしても、半分以上はそこで切られた
       でもエントリーできるだけまだマシで、中には文科系だからと言ってエントリーフォームすら設置してくれないところもある

       いくつかの会社は面接まで進んだけど、これがどうもうまく行かない



       …原因は分かっている



       「キミ、一年休学してるみたいだけど、どうしたの?」



       コレを聞かれると、たちまち私は沈黙してしまう

       また、この会社もダメだろうなぁ



       大学2年のとき、どうしてだか「このままじゃいけない」と、どうしても外の世界を垣間見たくて一年休学をした
       半年は働いて費用を稼ぎ、残りの半年で世界中を回ってみた
       所謂、「貧乏旅行」ってやつだったけど、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ…といろんな国に少しづつ滞在できた
       いろんな風景も見たし、たくさんの人たちにも出会えた
       「生きている」ということを骨身に染みて実感した旅だった



       …まさか、これが仇になるとは…



       「ふ―ん。それでキミは休学をして世界を旅したのかね。…学業を犠牲にしてまで、ねぇ。」
       「………。」
       「その調子で、会社も休まれたら困るんだけどねぇ。」
       「い…いえ、そんなことはありません」
       「しかし、キミは自分の人生に疑問を感じたからこそ、世界を旅してまわったんだろう?
       …だったら、今後、働いているときに人生に疑問を感じないという保障はあるかね?」
       「…そ、それは…。」
       「そういった人間に居てもらっちゃ困るんだよねぇ。会社ってのは組織で成り立っているんだからさぁ。」

       面接官は、意地悪く私を誘導しているかのようだった


       勿論、結果はダメで

       それ以降、面接というと口が重くなってしまうようになった


       …こうして、私はどうしても面接を突破できずにいた




       「、あんまり無理しないでよ?身体を壊しちゃ何にもならないんだから。」
       「うん、わかってるって、母さん。」

       親からの労りの電話まで、まるで私を責立てているように感じてしまう
       地方都市の大学に進学した私は、親元から離れて一人暮らしだった
       …親の気持ちも、よく分かる
       就職活動は、精神的にも金銭的もコストが掛かるし
       だいたい、生きて行くための就職なのに、こんなにお金が掛かるってどういうことよ!

       …はぁ、ホントに私、大丈夫なのかな?







       その日、私は東京で地下鉄に揺られていた
       夕刻に差し掛かる手前とあって、車内は空いていた
       …今日もやっぱり、面接でボロボロ状態
       午前中はしゃきっとしていても、この時間にはリクルートスーツもメイクもよれよれだった
       まるで今の精神状態が反映されているみたい

       向こうの列に、同じようなリクルート姿の女の子が座っているのが目に入った

       …ああ、あの子も活動中なんだろうな
       あの子、上手くいってるんだろうな…随分しゃきっとしてるみたいだし
       それに引き換え、この私はこんなよれよれ状態だし、きっと周りの乗客からも哀れみの目で見られてるに違いないわ


       気が付くと、どんどん惨めな気分になってしまう
       …いけない、いけない!

       自分を励ましながら少し落ち着いて車内を見渡すと、視界の隅に一組の男女が飛び込んできた

       銀髪の背の高い男と…すらっとした金髪の女性
       明らかに日本人ではなさそうで、そこだけまるでメトロの中みたいだった

       「うわー、日本でも外国の人はたくさん見かけるし、ヨーロッパとかに行った時たくさん見たけど、こんなにサマになってるカップルって珍しいなー。」

       と、声には出さず思わず見とれてしまった

       男は、短い髪を逆立てていて、ちょっと目つきがキツそうだった
       女性は、癖のある金髪を背中まで靡かせて、目元には所謂涙黒子があった
       …それにしても、この女性すっごく背が高いなぁ
       いつか観た、「ムーラン・ルージュ」に出てた女優さんみたい
       とっても綺麗だし

       ぼうっと彼らのほうを見ていると、男のほうがこちらに気付いたみたいで片目を瞑って見せた
       それに気付いた女性が、男を肘で突付いた



       …なんなのよ、もう



       私は恥ずかしくなって慌てて下を向いた
       …そして、そのまま眠りこんでしまった



       「……〜〜〜。」

       車内のアナウンスではっ、と我に返った
       そこは、今晩泊まるホテルのある最寄り駅だった

       「うわっ、降りなきゃ、降りなきゃ!」

       リクルート用のバッグを慌てて抱え、私は下車した



       ホームから階段に上がろうとしたとき、後ろから声が掛かった

       「おい、ね―ちゃん。ストッキングが伝線してるぜ。」
       「!!」

       さっきの銀髪の男だった

       どうしてこの男が流暢な日本語を話しているの?とかそんなことに気付く余裕もなく、私はただ自分の顔が真っ赤になるのを感じた

       「まだ明るいから、そのまま歩くと目に付くぜ、その足。スカート短いしな。」

       口の端を少し上げて、一向に悪びれずぬけぬけと言ってのけるのを聞いて、私はふつふつと怒りが込み上がってきた

       「ちょ…ちょっと、アナタ、失礼じゃない!?」

       「…そうかい?俺は親切心で忠告してやっただけだけどな。」

       「お…教えてくれたのには感謝するわ。でも、その言い方は失礼でしょう!?」

       「まぁ、そう怒るなって。別にからかおうとか思ってるわけじゃないんだしな、お嬢ちゃん。」

       私は更に赤くなった
       …ただし、今度は恥ずかしさではなく怒りのために

       一呼吸置いて、私は男に言い放った

       「ご忠告、ありがとう!私、急ぎますので、これで!!」

       私は階段を駆け上がった

       「就職、がんばれよー!」

       後ろから、ひゅっ、という口笛と供に叫び声が聞こえた



       …ホントに、何なのよ、もうもうもう!!



       ホテルに駆け込んで、ベッドにぐったりと倒れこんだ

       あーあ、幸先悪すぎるなぁ
       この調子じゃ、明日の会社の面接もダメかもなぁー


       しばらく塞ぎ込んでみたけど、埒が開かないのでやがてむっくりと起き上がってバスに入った





       翌朝、思ったほど気分は悪くなかった

       昨日のことを思い出すと悔しいので、ビュッフェ形式の朝食をモリモリ食べて朝風呂に入ることにした
       バスから出てくるころには気分がしゃきっとしてきて、支度が終わる頃にはなんとなく体力も満ち溢れてきた

       「おーし!出発!」

       気合を入れてホテルをチェックアウトして、向かうは本日の面接!
       ……今日の面接って、どんな形式だったっけ?




       大きなホールが、待合室として開放されていた
       この会社の面接は、5人一組で複数の面接官と応答する形式だった

       「はぁ、ますます気が重くなっちゃうな…。発言できない分、目立たないから。」

       先ほどまでの気合はどこへやら、すっかりいつもの重い状態に戻ってしまっていた

       「ああー、他の人って、どんな人たちなんだろう?こういうのって組み合わせが運を左右するらしいからなぁ…。」

       周りでは、結構情報交換をしたり、それなりに交流をしているようだった
       そんな輪に入る気にもならず、一人で悶々としているうちに案内係に番号を呼ばれた



       「失礼いたします」

       そこそこの大きさの部屋に入ったら、対面にずらっと並ぶ面接官が視界に入った
       …5人もいる…

       座って下さい、と言われ着席した時、さっと他のメンツを横目で確認した
       うわー、落ち着いてて皆賢そう
       髪をきりっと結わえた子、ショートが活発そうな子、メガネの青年と、その横に…


       ……昨日の男!?


       相変わらず銀髪を逆立てた男は、こちらを見てニヤリと、笑った

       あの男、就活してたの…!?

       おおよそ就職活動に似つかわしくない髪型だったが、それでもスーツだけはきっちりと着込んでいた

       ううむ、就活というよりはホストクラブにでもいそうだわ

       連想して笑いがこみ上げそうになるのを、ぐっと堪えた
       しかし、そのことで緊張が解れてきたのも事実だった


       面接は、面接官が一人づつ、5人に対して順に同じ質問をしてゆく、という形式だった
       終盤になり、私も胸をほっと撫で下ろしていた時、最後の面接官が履歴を見比べながら私に言った


       「キミ、一年休学してるみたいだけど、一体どうしたのかね?」


       またしても襲い掛かってきたこの質問に、私は一瞬にして凍りついた
       今までの面接の場面がフラッシュバックする

       そして、またいつもと同じように事態は展開した



       …もう、ダメかも…



       そう思っていた時、銀髪の男が口を開いた

       「休学して世界を旅して、どこが悪いんだ?いいんじゃねぇか?」

       「き、キミ、面接官の質疑に口を差し挟まないでくれ。」

       「ああン?お前らの話し振りを聞いてると、まるで彼女が大学を休学して旅行したことが大罪でも犯したように聞こえるんだけどよ。」

       男は、そう言い放つとどっかりと両足を長机の上に投げ出した
       面接官はおろか、他の被面接者も驚きのあまり身動きが取れなくなっていた

       「き…キミィ!キミは面接に来たんじゃないのかね!?なんだね、その態度は!?」

       やがて、激昂した面接官が男に怒鳴った

       「…狭いんだよ。」

       「キミ、何か言ったかね?」


       「……お前たちの視野が狭い、って言ってるんだよ。」
       「何だと!?」


       男は、面接官全員を指差しながら言った

       「彼女は一人で世界中を旅行したんだぜ。こいつがどういうことを意味してるか分かるか?
       きっと道中、いろんなことで困ったり、助けられたり、いわば多くの経験をしてるはずだろう。
       …それが彼女という人格を大きくする要素になった、とは考えられねぇのかよ? どうだい?」
       「…う…、そ、それは…。」

       思ってもみなかった事態に、返答に窮した面接官たちに、更に男は言葉を重ねた

       「あんたら、組織組織ってさっきから言ってるが、その組織だって個人から成り立ってるんだぜ。…その個人が底の浅い人間でいいのかよ?
       彼女のそういった経験が、どこかで役に立つ、とは考えられないか?
       お前らは、彼女が持つ貴重な素質を発掘することもしねぇで、表向きのくだんねー事情にだけ固執しすぎなんだよ。
       そんな調子じゃ、この会社の経営は人材面からあっという間に傾いちまうぜ。」

       「キミィ!!キミはもういい!帰りなさい!!」

       業を煮やした面接官から、絶叫に似た怒号が飛んだ

       「へーへー、帰りやすよ、帰ればいいんだろ?ただ、彼女に一人旅でどんな経験をしたか、そしてそれが現在の彼女にどれだけ生きているのか、
       聞いてみてもいいんじゃねぇか? …じゃぁな。」

       男は机から足を大仰に下ろすと、飄々と部屋から出て行った


       しーん、とした空気が彼がいなくなった部屋中に漂っていた

       その場に居合わせた人間は、面接官も被面接者も唖然とし、重苦しい雰囲気に飲み込まれていた

       が、私は、自分の心の奥底のほうで、風が吹き抜けるように爽快な心地になっていた



       ……あの男のおかげかどうかは分からないが、残りの面接時間にはトラウマを脱し、自分についてしっかり語れるようになっていた
       旅行から得たことや、自分が感じたこと、多くを語ることができた



       落ちてもいいや、何故だか後悔しないわ



       清清しい気持ちで会場を出て大きく深呼吸したところで…あの男が待っていた

       「よう、お疲れ。あれからどうだった?あの連中にきちんと話せたかい?」

       男は相変わらずニヤニヤしていたが、今となってはその表情も悪くないわ、と感じ始めていた

       「ええ。…ありがとう。……結果はどうだか分からないけど、なんだかすっきりしたし、自分という人間について、
       少しは自分でも分かってきたような気がするわ。貴方のおかげだと思う。本当にありがとう。」

       「良かったじゃねぇか。」

       男はおもむろにポケットから煙草を取り出すと、火を点けて吸い始めた
       ふ―っと向こうに煙を吐き出す

       「あ…!でも、貴方。…貴方はあれで良かったの?なんだか私のために自分から席を立ったようなものじゃない?」

       「お…?心配してくれんのかい?そりゃあ嬉しいね。」

       男はこっちのほうを見て、ニヤリと口元を歪めた
       …訂正。ホントに、調子が狂っちゃうわ、この男

       「い…いや、そうじゃなくって!…だいたい貴方、それでも就職活動中なの?全っ然そうは見えないんだけど!!」

       「安心しな、俺はお前さんと同じ歳だぜ。」

       「えっ!?ウソ!?」

       「……お前も、失礼だな、。」

       「!!どうして、私の名前を知ってるの!?」

       「…お前なぁ…自分で面接官に自己紹介しただろうが。ついでに言えば、俺の名前はデスマスクだ。
       まぁ、自分が自己紹介したことすら忘れてるんだから、俺の名前を覚えてるとも思えないがな。」

       「……あ!」

       「よっぽど余裕がなかったんだな。」

       デスマスクと名乗る男は、くっくっ、と小さく笑いを漏らした

       「…それは、ごめんなさい。」

       数十分前までの自分の余裕のなさに気がついて、私は気恥ずかしくなった

       「でも…、本当に良かったの、貴方は?…あの会社、結構人気があるのに。」

       「ああ?…いーんだ、いーんだ。俺は。お前さんが自分自身の良さに気がついてくれればな。」

       「…?」

       「それに、俺は充分報酬を得たからな。」

       「…?……なっ!!」

       いきなり、デスマスクの腕が私を抱え上げた

       「ちょ、何するの?」

       「何って、報酬さ。」

       「何言ってるの、貴方!?」

       私はデスマスクの突然の行動に、必死で抗った

       「おっと、、暴れると落っこちるぜぇ。コンクリは痛いんじゃないかい?」

       私は…暴れるのを止めた

       「そうそう、おとなしくしたほうがいいぜ。。……お前はこれで、就職内定、だ。」

       「は?」

       「お前さんの就職先が決まったって、言ってるんだよ。…永久就職先がな。」

       「………!!」

       私は、しばらくデスマスクの言っていることの意味がわからなくてぽかんとしていたが、彼の発言の趣旨を解して目を白黒させた



       「……いいか、いっぺんしか言わねぇからな。…俺は、昨日電車で見かけた時から、、お前が気になっていたんだよ。」

       「…!?…で、でも貴方、横に恋人がいたじゃないの?」

       「……ばーか、ありゃ男だぞ。俺の同僚だ。」

       「いい素質(もの)持っているのに、上手く生かせなくて必死でもがいてるお前を見たとき、ああ、こりゃ俺がどうにかしてやりたいな、と思ったんだよ。」

       「……」

       私は、デスマスクの言葉に顔が赤くなった

       「…ま、そんなワケで、お前はギリシャへ連れて帰る」

       「はぁ………はぁ!?」

       再び暴れ出そうとした私を見て、デスマスクは私の耳元に口を寄せた





       「…絶対ぇ不幸にはさせねぇからよ。」




       デスマスクは口元をニヤリと歪めて見せた








       娘が行方不明になったと、の両親から捜索願が提出されたのは、それから一週間後のこと